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ありがとうございました!
2009-03-31 Tue 01:17
2006年1月、
「ボタンのかけちがい」を始めました。
そして今、
2009年3月、
「ボタンのかけちがい」の更新を停めます。
3年と3ヵ月、
このブログを続けられたのは、
好きなときに更新して、
好きなことを書いて、
好きなときに休んでいたからだと思います。
訪問してくださる方も想定しないで、
自分勝手に言いたい放題、
更新し放題していました。
ここで自己顕示欲も大分満たしていたと思います。
訪問してくださった方には、
いろいろな意味でとても申し訳なく思います。
記事も、
同じ内容の繰り返しだったり、
同じ思いの吐露だったりして、
常に新しい記事が書けていたわけではありませんでした。
そうしたところに自分の悪い癖が出ていたのではないかと思います。
ネガティブな思考を重ねて、
新しい行動を起こす勇気が足りませんでした。
そして、
本音を言えば、
まだまだ「ボタンのかけちがい」は自分に必要です。
自分に必要な居場所です。
ここに書けなくなって、
自分がこれからどうなるのか不安です。
また、
ブログの更新を停めるのは、
自分と決着がつくまでと決めていたわけなのですが、
けして、
それができた自信もありません。
でも、
否応なく、
自分を変えることが必要な今、
失敗を恐れずに、
勇気をもって進んでいこうと決心しました。


最後に、
今まで訪問してくださった方、
特にryoさん、うんころりんぐさん、ちょっぴーさん、あたたかなお言葉や励ましをいただき、本当にありがとうございました。いただいたコメントは何度も読み返して、深く考えるきっかけになったり、心の支えになったりしました。本当にありがとうございました。


いつか、
毎日の生活を綴るブログを新しく始められたらいいなと思います。
でも寂しくなって、こっそり「ボタンのかけちがい」を更新してしまうかもしれませんが;
或いはリニューアルとか。
その時はどうぞボタンをよろしくお願いします!







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「卒業」
2009-03-21 Sat 22:04
「卒業」
私ひとりの卒業式ではなかった。
夫と共に迎えた卒業式だった。
誰よりも誰よりも一番に、
卒業証書を夫に贈りたい。
卒業式を迎えるずっと前から、
そればかりを思っていた。
卒業証書は夫に贈られるものだ。
夫と共に戦った三年間。
夫がいてくれたから戦えた三年間。
「おめでとう」を夫に。
「ありがとう」を夫に。
感謝の気持ちで胸があふれる。











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卒業「三年間への思い」
2009-03-21 Sat 21:44
「卒業」
学校だけじゃなかった。
たくさんのものを卒業した。
書ききれないくらいだ。

一年生の頃は、
精神科クリニックに通いながらだった。
薬の副作用で記憶がなくなったり、
ふらふらになったりした。
摂食障害の症状もきつくて、
感情も大分不安定だったように思う。
夫はそのときのことを振り返って、
ほとんど二重人格だったと言った。
もうどうしていいのかわからなくて、
抱きしめて泣くことしかできなかったと言った。
私にはそのときの記憶がほとんどない。
夫に酷いことを言ったことも、
夫が怒ってしたことも。
ただただ辛くて、
そのときのことを思うと涙が止まらなくなる。

摂食障害との闘いは二年生になっても続いた。
思い出すだけでも苦しくなるし、
とても怖い。
怖くて怖くて書けない。
ただいつも死にたいと思っていた。
そう思うことが慰めでもあったように思うが、
それはたまに症状が軽いときに過ぎず、
ほとんどが本気の死の覚悟だったと思う。
毎日がそれくらいに地獄だった。
夫は私と一緒に地獄を見てくれた。
私と一緒に地獄の中で戦ってくれた。
私が死を選ばずに済んだのは、
夫がいつも側にいてくれたから。
私とまっすぐに向き合い、
逃げないでいてくれたから。
夫への感謝の気持ちは尽きない。

三年生は、
境界例である自分と、
摂食障害と向き合った時期だったように思う。
いつも境界例であることを周囲に脅かされている気がしていたし、
被害妄想も酷かった。
夫は私の被害妄想を根気よく聞いてくれ、
強い味方になってくれた。
ときに叱ってくれたり助言をくれたりした。
摂食障害は相変わらず毎日だったが、
だんだん過食のみで吐かなくなった。
夫は吐かなくなった私を「えらいね」と褒めてくれた。
褒めてくれたり「吐いてもいいんだよ」と言ってくれたり、
夜遅くに吐こうとする私に翌日の仕事を思って不機嫌になったりしたが、
摂食障害のことで夫があからさまに不機嫌になったのはこのときが初めてだった。
体重はたまに絶食をしてコントロールしたり、
体調不良で食欲自体が減退したことなどもあり、
増えなかった。
その頃に刺繍を始めた。
刺繍は食べ物のことを忘れさせてくれた。
何時間も何時間も針を刺して丸一日過ぎたこともあった。
摂食障害を煩ってから初めて自分の時間をもてた。
三年生は、
夫から信頼を得ることができた時期だったのかもしれない。
そして、
自分で自分への信頼を得ようとした時期だったかもしれない。


「卒業」
薬、
通院、
摂食障害、
母との葛藤、
過去…
書いても書いても書ききれないし、
まだ気持ちが整理できなくて上手く書けない。
いつか書けるようになったとき、
「ボタンのかけちがい」で書けるのではないかと思う。




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別れ
2009-03-21 Sat 19:31
別れが、
これほど寂しいとは思っていなかった。
胸に広がるのは、
楽しかったことばかり。
嬉しかったことばかり。
感謝の気持ちばかり。

あたたかい言葉をかけてくれた友達へ、
一緒にお腹をかかえて笑ってくれた友達へ、
一緒に悩んでくれた友達へ、
好きだと言ってくれた友達へ、
いつも優しくしてくれた友達へ、
感謝の気持ちが溢れる。

友達がいなかったら、
喧嘩もできない。
それを初めて知った。

利害の生じない関係の尊さ、
それを初めて知った。

独り相撲だったこともわかった。

もう、
教室で学べない。

失ってから大切なものに気付くというけれど、
本当だ。
それも初めて知った。

卒業式が、
どういう意味をもつのか、
わかった。

学校に行くことが、
学校で学ぶことが、
なぜ大事なのか、
わかった。

嫌いな先生がいる意味が、
気に食わない規則がある意味が、
わかった。

とても大事なことだった。

もう戻れない。
取り返しがつかない。
だけど、
教えてもらった。

出会いを大切にすることを。
新しく出会う一人ひとりを大切にすることを。
出会いを感謝することを。
出会いを尊ぶことを。

出会いには、
別れがある。
そして別れはとても寂しいことだと、
教えてもらった。

「本当にありがとう」
「涙が出るくらい寂しい」

素直になれたらよかった。

「私と出会ってくれて、友達になってくれて心からありがとう」
















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人には言えない
2009-03-20 Fri 12:26
「人には言えない、
辛い思いをしてきた。」

「人には言えないような、
大変な思いをしてきた。」

人には、
言えなかった。

「理解してもらえない。」
そして、
他人に理解など望まなかった。

夫が一緒に泣いてくれる。
私が一緒に泣いてほしいのは、
夫以外誰もいらない。
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なりたい自分
2009-03-17 Tue 23:08
こんなに辛いなら、
一人ぼっちがこんなに辛いなら、
いままでもこれからも、
私は変われない。

ずっと、
なにも変えられない。

「なりたい自分」は、
遠退いていくばかり。

自分が悪い。
自分が悪い。
自分が悪い。

そう叫びたくて、
悔しくて、
でも叫んだら、
非難を買った。
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成人式
2009-03-15 Sun 18:13
成人式のお祝いを、
樹海への旅費として、
大事にとっておいていた頃のことを思い出した。

封筒を握りしめて、
これで死にに行くのだと、
何度も心に誓った。

その地獄。
地獄の中にいて、
地獄を夢見ていた。

成人式への憧れ。
華やかで贅沢な花の彩。
尽きない尽きない憧れ。

普通の人生を送りたかった。
友達と一緒に涙の卒業式をして、
受験勉強で必死に戦って、
華々しい成人式を迎えて…。

心に残ったものは、
人を羨む醜さと、
悲しい思い出。

リスクのある人生を、
劣等感のきつい道を、
どうしたら愛せるだろう。
どうしたら、
人と比較せずに愛せるだろう。

私はまだ、
人に優しくできる器じゃない。


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最後の更新について
2009-03-12 Thu 12:04
更新は、
三月いっぱいで止めにします。
m(_ _)m
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「ストレス発散」
2009-03-10 Tue 14:47
春休みなので、
ストレスがかからないらしく、
ブログに愚痴ることが、
その欲求、
すなわち自分を正当化したい欲求が、
湧いてこないようです。
すると、
このブログが存在する理由はつまり、
ストレス発散のため…?
ということになるのですが、
思えばそうなのでしょう。
でも、
なすべき「ストレス発散」とは、
誰も悪人にしないことなんだろうなーと、
思ったりもして、
すると、
ムカついている事(人)に対し、
延々果てしなく書くということは、
とてもつまらない行為なのでしょう。
だから、
人には趣味が必要で、
趣味は日常と距離があるものでなくては意味がないんだろうなと。
「ストレス発散」ということに関していえば。

今の私の趣味は手芸だけれど、
春休みに入ってから作ったものといえば、
ランチョンマット7コとコースター10コとポーチ3コと鍋敷きとサシェ。

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思い出の「支持」
2009-02-13 Fri 21:57
昔から、
思い出らしい思い出が私にはなくて、
なんというか、
思い出したい思い出がなかった。

私の通った最初で最後の精神科クリニック。
最初で最後の精神科の主治医。
ふとしたときに思い出すのはきっと、
先生が真剣に私に向き合ってくれたからなのだと思う。
うそのない言葉で接してくれたからなのだと思う。
先生が言ったそのときどきの言葉だとかアドバイスだとかが、
正しかったかどうかではなく、
人対人の会話であったかが最も大切なことだった。
最も重要なことだった。
だから、
ただの叱責にならない。
不愉快な叱責にならない。
私を尊重した上での叱責だった。
それから先生は、
患者のためになるのなら「少しぐらい振り回されてもいい」くらい思ってくれていたのかもしれない。
先生は患者を大切にしていたんだと思う。
でもそれは自分の利益がどうとかいうレベルではなくて、
患者の人生や人格や気持ちを尊重して大切に思っているという、
高い次元のものだったのだろう。

私も人から思い出してもらえる人になりたい。
今の私には到底難しいけれど、
そのときの自分の立場だとか利益だとか関係なく、
そのときのその人を尊重できる人になりたい。

「支持」
援助者にとって大事にしていかなきゃいけないこと。
五年間通った精神科クリニックで、
主治医からこの姿勢を学んでいたことに、
今更ながら気がついた。




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