|
2006-10-28 Sat 13:41
昨夜、
久々に湘南の海をドライブしました。 とても静かで、 窓を開けても潮の匂いがしなくて、 「風がないせいかな」 などと夫と話していました。 波が、 しん…っと黒光りする平面の上に、 白く細い線をするすると盛り上げています。 遠くの夜景が反射しているけれど、 その黄色い光さえ動かないように感じます。 「本当に今夜の海は静かだねぇ… 少し怖いくらい…」 海岸の近くの駐車場へ車を停めて、 砂浜へ降りました。 「なんかおかしい…」 その時、 海が静かだった訳がようやくわかりました。 引き潮だったのです。 「海が遠いね。 こんなに遠い海は初めてだね」 砂浜とさざ波の境目が曖昧で、 「どこまでも入って行っちゃいそう」 すべてを呑み込んだ後のような安堵感に浸っている海。 …でも、 まだ物欲しそうにしている海。 真っ黒い声で静かに誘惑してくる… 昨夜の海はそんな感じでした。 「だめだよ、 そんなに行っちゃ」 遠く離れて行こうとする夫の後ろ姿に向かって私は叫びました。 「どうして?」 夫が振り返ります。 「だってもっと海の近くに行きたいんだもん」 私は不安になりました。 「すぐ満ち潮になっちゃうよ」 「ないない、そんなすぐに満ち潮になったりしないから」 夫が笑います。 風が陸から海に向かって吹いています。 「夜は陸より海のほうがあたたかいから、 風が海に向かって吹くんだよ」 教養のない私に夫が教えてくれます。 |
|
2006-10-26 Thu 18:29
淡々と、
患者をさばく。 私の精神科医への興味が、 最近なくなった。 「強くて優しい人」などこの世にいない。 人は、 自分の生活のために仕事をする。 食べるため、 遊ぶため、 社会に弾かれる不安から逃れるため… 精神科医もそう。 福祉に携わる人間もそう。 「世のため人のため」なんて上面。 |
|
2006-10-21 Sat 01:34
私が、
ちょっと昔のことを懐かしく恋しく思ってしまうのは、 あの頃の私に羽があったからなのかもしれない。 今思えば、 それは抗うつ薬の服用による軽躁状態という脆い羽であったのかもしれないが… あの頃、 私は学生でも妻でもなかった。 バイトもしたりしなかったり、 自分の社会的立場を示すことがある場合は、 無職かフリーター。 私はそんな自分が恥かしかった。 でも、 社会的責任を負うことがまったくない状況にあったから、 自分の欲求に素直に答えることができたとも考えられる。 なによりあの頃の私は毎日を楽しんでいた。 彼が出張で遠出をすることが度々あった。 すると彼が長距離ドライブだと言って私を誘い出してくれる。 私はおしゃれをして助手席に座った。 決まって車中はカラオケルームと化した。 ときに、 夜中の1時から出発ということもあったり。 大雨の日だって彼は走った。 千葉も小田原も東京も… 私を助手席に乗せて。 彼が仕事をしている間、 私は車の中でじっとしていることもあったが、 ぷらぷら知らない町を迷子にならない程度に散歩することもあった。 仕事が長時間に及ぶときは、 ファミリーレストランで本を読みながら彼を待った。 そういう時間を私は好んだ。 彼の仕事への情熱も、 涙も、 不安も、 キラキラした夢も、 私は彼の隣で、 助手席で、 知ったし、感じたし、見てきた。 私が彼の横顔を好きなのは、 もしかしたらそういう訳からかもしれない。 あの頃の私は、 彼の言葉を借りれば、 「ふらふらしていて危なっかし」かった。 だから、 仕事の場にも、 支障が出ない所には、 私を連れて行った。 一人にして置けなかったのだと思う。 そういう時期だった。 彼から見て、 たぶん自分から見ても。 私が大量服薬による自殺未遂をしたのもちょうどあの頃だったから。 少なくともあの頃に比べて「落ち着いた」私がここにいる。 結婚をして、 彼の妻になって、 けして順調とは言えなくとも、 夢に向かって進んでいる。 自分の命への責任。 自分の存在への責任。 自分の人生への責任。 彼が昨日私に言った。 愛してると言ってくれた後に、 でも…と続けて。 「愛してるというのとは少し違うかな。ボタンは俺の一部。今はもう体の一部になっている」 私は自分を大事にしないといけない。 私の体は自分のもの以上に彼のものだから。 彼を悲しませないように、 彼を苦しませないように、 自分を傷つけてはいけないんだ。 また羽が欲しいな。 でも、 あの頃もっていた羽とは違う、 今度は丈夫で、 ときに、 彼をあたためてあげることのできる羽が欲しいな。 |
|
2006-10-18 Wed 19:27
日曜日の日経に、
春日武彦氏が写真付きで載っていた。 思わず新聞を顔に引き寄せた。 こんなおじさんなんだぁ…。 ちょっと癖のある感じだ。 春日氏の初小説「僕たちは池を食べた」についてのインタビュー記事だ。 氏の著書は「ロマンチックな狂気は存在するか」はじめ、 だいたい読んだが、 小説かぁ…。 でも、私の好きな短編小説だしちょっと興味はあるなぁ。 本屋さんでチェックしてみよーっと。 |
|
2006-10-17 Tue 10:31
学校に行くようになって、
ブログの内容が、 (もともと暗かったが) 救いようがないくらいに暗くなっていることに気が付いた。 明るい部分がまるでなくなってしまった。 自己実現は大事なことだろう。 でも、 犠牲になることも多い。 私の摂食障害の症状は、 学校に行くようになって苦痛を伴うようになった。 自殺念慮も強くなった。 日々の生活の中で、 幸せを感じられなくなったら、 夢も目標もどうでもよくなってしまった。 自己実現どころではなくなってしまった。 彼が笑顔を見せない。 料理を作っても、 あまり美味しそうに食べない。 歌も歌わない。 小言を言う。 不満を言わないで呑み込んでいる。 あるいは不満をこぼす。 彼のブログも、 あまり幸せそうでない。 私のことが嫌になったのだろうか。 私は私のことが嫌になった。 三島に行きたい。 出来ることなら、 あの頃に戻りたい。 |
|
2006-10-17 Tue 00:05
昨日、
とても恐ろしいことが起こった。 あまりに恐ろしいので詳しくは書けない。 (タイトルから推測して下さい。) ずっとルーランをのんでいない。 クリニックにも行っていない。 ルーランは嫌い。 気分は安定するが、 のみ心地がよくない。 トレドミンがいい。 そもそも、 どうして私にメジャートランキライザーなんだ?。 精神病様症状といったって、 一過性のものだ。 主訴は抑うつ状態であるのだから、 抗うつ薬でいいじゃん。 トレドミンでいいじゃん。 夫は、 ルーランの効果は確実にあったという。 でも、 トレドミンもよく効いていたという。 今の私に必要なのは、 抗精神病薬のルーランじゃない。 抗うつ薬のトレドミンだ。 |
|
2006-10-12 Thu 22:45
今日、
精神科病院に勤務する看護師さんのブログを拝見した。 やはり境界例を忌み嫌う発言がある。 また、 境界例患者を絶望させるような記事も有り。 その看護師さんは女性のようだったから尚更なのだろう。 圧倒的に若い女性の多い境界例患者は、 ある意味において、 看護師の敵(?)であるのかもしれない。 まぁ、それは冗談として。 精神科医療に携わる人間として、 慎むべき内容であったのは確かだと思う。 たとえそれが境界例に限ったことであれ患者は患者なのだから。 自殺の可能性だってないとは言い切れない人たちなのだから。 ムカつくのはわかるが、 そこはプロ意識をちゃんともってもらいたい。 しかも(記事が少なかったので全部拝見させていただいたが) この看護師さんどうやらベテランっぽい。 ここで馬鹿みたく言いたい放題いっている私が言うのもどうかと思うのだが、 どうしても言いたくなったから言わせてもらう、やっぱり。 (注:私が境界例について言いたい放題言えるのは、 私がプロではなくまだ素人目をもっている学生であるから多少許される発言もあるかなとも思っている。(甘えか) っていうか境界例患者だし私。汗) 境界例患者だって行き場がないのが現状。 社会から家族から厄介者扱いされているのが現状。 もちろん本人の未熟な人格のせいかもしれない。 もっと社会に揉まれるべき(戸塚ヨットスクールにでも入って)なのかもしれない。 でも、 その成長を見守ってもらいたいって思うのは贅沢だろうか。 成長をそっと支えてほしいって思うのはいけないことだろうか。 そもそも育て直しが必要な人たちなんじゃないのだろうか。 愛情というものを知って治ったという人の話を聞いたことがある。 そうした体験が運悪くできなくて、 そこから漏れた人たちが、 最後の救いを求めて精神科にいくんじゃないの? 確かに何度も何度も自殺未遂を繰り返して精神科医や看護師を困らせている人たちはたくさん存在する。 だけど、 そういう人たちだってその度に必死な思いで自分を傷つけて、 自分が生きているんだってことを周りに知ってもらいたいんじゃないの。 そこまでしてはじめて自分に人が注目してくれるって悲しいことなんじゃないの。 そこまでしないと自分は人から目を向けてもらえないって思う心は可哀想だと私は思う。 私は一度大量服薬をして救急救命病棟のお世話になったことがある。 入院中の記憶はないが、 退院して二週間後、 やっと自分の置かれている状況が把握できた頃、 とてもよくしてくれた看護師さんの話を姉から聞いた。 申し訳なく思うのと同時に感謝の気持ちが溢れた。 |
|
2006-10-12 Thu 18:09
弱い人間がいる。
過去を引きずり、 自己評価が低い。 他者を疑い、 自分への信頼感も危うい。 そのため、 自分の失敗の後始末さえ満足にできない。 「責任感がない」他者から疎まれ、 他者を嫌う。 せめて防衛しようとして、 他者に必要以上の不信感を持つ。 社会を恨む。 しかしそうした人間も、 頑張って自分を修正しようとする。 その途上であったり、 辿り着いたところであったり、 いろいろだが、 他者の目に留まる時がある。 |
|
2006-10-12 Thu 17:45
どうしてあの時、
他者は私を見捨てたのだろう。 私に対し、 安全に生存する価値がないと判断したからか… 境界例に「見捨てられ不安」という特徴がある。 どうしてあの時、 他者は私を見捨てたのだろう。 そしてどうして現在の私は、 他者から見捨てられることをこんなにも恐れるのだろう。 自分以外の人間って、 他者って、 友達や恋人や主治医や母親って、 そんなにも、 自分を傷つけて振り向かせて独占したいって思うほどの人たち? そんなに他者がいい? そんなに他者と一緒にいたい? 何かを忘れているんだろうな。 というより、 何かを得ていない。 私たち境界例と呼ばれる人たち(摂食障害の人たちも一緒)は何かを得ていない。 その成長段階で獲得していなければいけないものを得ていない。 少なくとも今の解釈はそういうことになっているだろう(?) ちょっと古いかなぁ… 遺伝的要因も言われています。 |
|
2006-10-12 Thu 16:37
「甘えの心理」
だと思う。 境界例(境界性人格障害)にしたって、 回避性人格障害や依存性人格障害、 社会不安性障害ないし対人恐怖症など所謂ひきこもり、 その他もろもろの症候群(例えば途中下車症候群…ちょっと古いかな…)などにしたって、 甘える環境がなければ成り立たない「病気」なのだ。 発展途上国のように経済的にも精神的にも余裕のない社会ではこうした症状は出てこない。 境界例患者の家庭がどちらかというと裕福な家庭が多いというのも納得がいく話である。 厳しさを知らない社会というのは問題だ。 私を含め、社会に甘え、自分に責任が持てず、どこか諦め、人生の先輩となるような大人を知らない若者たち。 一方で責任回避を続ける大人たち。 本当に虚しい社会だ。 日本人は一体どこへ向かおうとしているのだろう。 日本社会全体が自主性をなくしているように感じる。 私もだが、この危機的状況にもっと多くの人が敏感にならなければいけないと思う。 |
|
2006-10-12 Thu 15:33
昨日久しぶりに精神科医のデス見沢先生のホームページを見ました。
そこで思ったこと。 精神科医は情の厚い人が多そうだということ。 少なくともデス見沢先生は情が厚そうに見受けられる。 私の主治医もたぶん情の厚い人だと思う。 先生の後を金魚のフンみたいにひっついてくる患者を、 文句を垂れながらもちゃんと面倒見ている。 |
|
2006-10-11 Wed 15:32
いまの若者は不幸だ。
団塊の世代の人たちも不幸だ。 しかしそれ以前の人たちが幸せだったかというとそうともいえない。 いまであったら境界例と診断がついたであろう分裂病患者が、 その時代、その世相の中で生きてきた故に、 その時代の医療を受けた故に、 分裂病と誤診された。 なにか問題をやらかし精神病院へ入り、 家族からは見放され「分裂病患者」として生きてきたのだ。 そもそも精神科領域に正しい診断など有り得るのだろうか。 私はいまも無理だと思う。 いまのやり方はただ困った人たちを「病気」や「○○病患者」とくくりつけることで、 社会が自分たちの責任逃れをしているだけのように思う。 |
|
2006-10-07 Sat 15:28
うつ病のうつ症状と、
境界例のうつ状態は違うとよくいわれるけれど、 果たして本当にそうだろうか。 統合失調症の陽性症状と、 境界例の患者がまれにみせる統合失調症様症状とは、 根本的な部分で、 果たして本当に別個のものだろうか、 と疑問視する。 もとは人の脳だ。 私の脳もあなたの脳も統合失調症患者の脳も境界例患者の脳も、 同じ延長線上に存在する。 人が受けるストレス反応というものは個人個人でそんなに違うもののはずはない、と考える。 精神医学はまだまだ発展途上にある分野であるから尚更だ。 断言できるものなど本当はひとつもないのかもしれない。 ただ「安心」を人に与えることはできる。 しかもこの「安心」というものが実は一番大事なものであったりするのだ。 少なくとも私は安心を得るために生きている。 他者と自分は違うものだという個人主義思想が社会に蔓延しているが、 実に恐ろしいことだと思う。 そうした思想は差別や偏見を生むし、 平気で人を死刑にする。 |
|
2006-10-05 Thu 20:41
人間嫌悪感は、
私に「生きるな」と言ってきます。 人と上手く付き合うな。 人を信用するな。 人と親しくするな。 人と心を通わすな。 生きる活力を奪います。 |
|
2006-10-04 Wed 20:26
激しい嘔吐の繰り返しで、
喉に数箇所傷ができました。 嘔吐物にも血が混じりました。 唾液も血のしょっぱい味がします。 前にもこんなことはありました。 私は喉が痛くても過食をし、 血を吐いても執拗に嘔吐を繰り返します。 何のために生きているのかわかりません。 見えていたはずの希望の光は今の私にはもう見えません。 嘘を吐き捨てて生きてきました。 その代償はあまりにも大きい… |
|
2006-10-04 Wed 18:47
人間関係を、
リセットしたい。 今自分がいる環境を、 リセットしたい。 |
|
| ボタンのかけちがい |
|
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
Powered By FC2ブログ



