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未来
2007-07-29 Sun 13:56
「過去にとらわれてはダメだ」
その言葉を呪文のようにとなえた。
私は前を向く。
一進一退を続けながらも、
勇気を振り絞って、
今までだって、
私はなんとか前を向いてきたと思う。
「多くの人の力を借りて」
恨んでもいい。
私が前を向くためにそれが必要なら、
殴ってもいい。
そうした感情をもつことに後ろめたさなど感じる必要もない。
ただ、
相手は老い先の短い老人で、
当時も「悪意」はなかったのだろう。
無知は罪だが、
無知を余儀なくされた人生ゆえの無知に責任を強いることは酷かもしれない。
私は許すことはしないが、
その怒りに自身を見失いたくはない。
過去にとらわれて、
自身の人生を止めたくはない。。
他者から与えられた「負」のせいで自身を苛めることはないし、
恥じることもない、
見下すこともない。
嫌なら忘れればいいし、
煩わしいならどこまでも逃げればいい。
けして立ち向かう必要はないのだ。
そもそも立ち向かうことで費やすエネルギーがもったいない。
はじめから与えられるべき「負」ではなかった。
それなら「負」を無視していい。
私は私の人生を生きていい。
「一人じゃない」
自身の人生があまりに悲しくて背負いきれそうにないのなら、
誰かのために生きればいい。
きっと、
「多くの人が貴方の愛を待っている」
私は一人じゃない。
もう一人じゃない。
「彼と一緒に歩く」
未来は輝いている。




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病名
2007-07-27 Fri 22:58
割合はまだ分からないが、
男性の摂食障害が増えているという。
いや、
最近やっと認識され始めただけで、
実際には男性の摂食障害者は存在していたのだろう。
認識がないというのは苦しい。
理解が得られないのは苦しい。
私も、
摂食障害=若い女性=境界例
という図式を当たり前のように作っていた。
身近にいる摂食障害を患う男性を知らぬ間に傷つけていたかもしれない。
そもそも、
=(イコール)なんて精神科領域にはないのだろう。
診断を下すことで医療費の患者の負担分が軽くなり、
治療が受けやすくなる。
患者が快方へ向かう。
そのために医師は診断を下す…。

そして、
最近思うこと。

精神科疾患への社会の認識の広まりが、
果たして患者にとっていいことなのかどうか。
認識が広まれば理解が高まるということはいえるだろう。
しかし、
私は夫に言われた言葉がひどく心に突き刺さった。
「ボタンが境界例という言葉を使うときは決まって嫌な目をしている」
境界例という言葉を吐けば吐くほど、
私の周りに境界例者が増えていく。
境界例という言葉を使えば使うほど、
人を縛り人が縛られそこに偏見が生まれる。
(事実私は境界例という病名に縛られている。)
境界例と健常者という線引きをして差別が生まれてしまう。

精神科の病気は、
病名によるところが大きいのだろう。
告げられることでその人が快方へ向かうのならと思う。






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再現
2007-07-26 Thu 19:31
私は自分の中の不合理「人間嫌悪感」を、
その意味を、
いままで知ることなく生きてきた。
なにかが暴かれてしまったいまも、
自分の過去に性的虐待があったなどど認めていない。
どこかで拒否している。
なぜなら、
認めてしまったら自分が壊れる。
事実、
壊れる恐怖に陥った私は学校を休んだ。
休んだら夫に襟首をつかまれてそのまま床に投げ飛ばされた。
まただ。
虐待の連鎖だ。
夫は私を責めるが幼い私に暴力を振るった父を責めない。
私はパニック(夫の言うところの意図したパニック)を起こし、
自分の髪の毛をハサミで切り落とした。
なぜ髪をきらなければならなかったのか?
自分を苛めなければならなかったのか?
私は夫を憎んだ。
私は本当の私を生きられない。
夫の暴力で作られた私は私じゃない。
父の暴力で作られた私は私じゃない。
祖父の暴力で作られた私は私じゃない。
でも、
私は私を守れない。
安全な所に行きたい。
安心できる所に行きたい。

「人間嫌悪感」
不合理だったもの、
不合理でなくてはならなかったもの、
不合理であるため自分に受け入れられていたものが、
「意味があったんだよ」
と突きつけられても、
そんなことわかってしまったら、
私は私を失くしてしまう。
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不快
2007-07-26 Thu 01:45
被児童虐待者のホームページを見た。
自然、
自分と重ねあわした。
性的虐待の被害。
なにか悟ってしまったように感じた。
「人間嫌悪感」
小さな頃私が名づけた不快な感情。
突然暴力的に私を襲う。
予測不可能な、
気持ちの上でコントロール不可能な…
先生はそれをPTSDではないかと言った。
でも身体的な暴力を私に加えた父に対して、
その存在に対して、
「人間嫌悪感」は合致しないように思っていた。
なにかが違う。
父ではない?
では誰だ?
そんな訳の分からないお荷物をしょって、
理不尽な「人間嫌悪感」を誰にも内緒で内に潜ませて、
私は二十数年を生きた。
そして昨日、
被児童虐待者の体験談のなかで、
なぜか知っている風景をそこに見た気がした。
私は思い出したようだった。
いろいろ。
「人間嫌悪感」と妙に近い存在を。
知っている気がした。
その人に対してだけ持つ異常な警戒心に気付いてしまった…

不快。

不快でたまらない。
すべてが、
自分の存在も世界も未来も、
すべてが、
不快でたまらない。
暗い湿った穴のなかにいるよう。


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アディクション(嗜癖)
2007-07-25 Wed 19:57
アディクション(嗜癖)というと、
アルコールやニコチンをはじめに思い浮かべるが、
その種類は多い。
例えば以下のようなものがある。(かってに分類。)

薬物(処方薬もここに分類)、摂食、仕事、ギャンブル、買い物、窃盗(クレプトマニア)、セックス(売春、風俗業)、インターネット、ゲーム、リスカ、カルト宗教、占い、支援団体、暴力(DV、児童虐待等)、活字、掃除、カフェイン、チョコレート、ニコチン、強迫的な運動(筋肉トレーニング、ジム通い等)、強迫的な健康志向(サプリメント、健康食品等)、携帯電話、痴漢、虚言、献血、恋愛(恋人間の共依存)、過干渉(母子間の共依存)等。

一見健全そうに見えるものもある。
しかし社会的に支障を来たすようになれば立派な依存症だ。

最近、
摂食障害者のセルフヘルプグループのホームページを見ている。
自分の行っていた精神科クリニックのホームページを見てもほっとしない(むしろ葛藤を起こす)が、
そこのホームページに行くとほっとする。
「あなたは一人じゃないんだよ」
とみんなが言ってくれているような気がする。


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希死念慮
2007-07-24 Tue 23:31
どうして私生きているんだろう。
過食をするとどうしようもなく死にたくなる。
気付いたらネットで「自殺」を検索している。
ウィキペディアで自殺の手法を見ている。
遺族の損害が少ないのはどれだろう…
大量服薬も手法の中に入っていた。
過去犯した大量服薬は、
向精神病薬150錠を40度のお酒で飲んだ。
発見が遅かったから胃洗浄は行えなかった。
夕刻4時頃服薬して、
彼がたぶん夜中の12時過ぎに帰ってきた。
でもドアのチェーンが閉まっていたから、、
彼はすぐに中には入れなかった。
しかも部屋は二階でベランダから入ることもできなかった。
発見は朝の6時。
知識としてこれしきの量で死ねるわけがないと思っていたが、
本当は本気だったのかもしれない。
150錠は持っていた処方薬のすべてだった。

ウィキペディアによると、
処置が遅ければ後遺症が残ることもあるらしい。
気道閉塞を伴っていたら死に至ることもあるという。
その他に誤嚥性肺炎、低体温症、肝障害、腎障害、長時間筋を圧迫することによる挫滅症候群などの合併症が生じることもある…と。

どうして私は生きているんだろう。
毎日毎日過食嘔吐をして死にたくなって。
毎日死にたくなるのにどうして私は毎日を生きているんだろう。
生きていけるんだろう。
いや、
ちゃんと生きていけてない。

学校に行けば友達がいる。
沢山笑えるし私なんかでも慕ってくれる。
しかし家に帰ったら私は一人だ。
一人は寂しい。
一人は嫌だ。
苦痛だ。
もう一人は嫌だ。

彼は12時をまわって帰ってくる。
ただいまを言う彼は疲れきっている。






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(終)境界例
2007-07-13 Fri 18:57
境界例という病は、
「愛」の病であるかもしれない。
例えば、
愛を感じることができない。
いくら相手が愛を注いでも感じることができない。
だから相手が疲れ果てるまで、
相手に愛を求める。
相手の愛を感じることができないから、
どこまでも相手の愛に不信を抱き、
相手の愛を確かめる。
また、
境界例は相手の愛を無視する。
感じられない故にこうなってしまうのかもしれないが、
意図してかもしれない。
相手の愛を徹底して受け取ろうとしない。
それで愛が足りないと嘆いて相手を困らす。
一方、
自分の愛は無駄に撒き散らそうとする。
その愛は獲物を釣る餌になり果てている。
自分では愛情深い人のつもりでいるのだが…。


境界例者がパートナー以外の人と表面的な付き合いしかできない理由はたぶんこれにある。
人と心の交流が上手くできないのは相手の自分への好意を拒んでしまうからだ。
境界例者はそういう癖をもっている。


本当にやっかいな病だと思う。
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治療終了
2007-07-11 Wed 23:21
クリニックへ行ってきました。
主治医から、
曖昧な言葉ではありましたが…、
治療終了の言葉を受けました。
まだ過食嘔吐はあります。
人間関係でその操作性を疑うことも多々あります。
しかし、
そうしたことへの対応の仕方や意識の捉え方では、
ずいぶん成長したように思います。
独占欲も減りましたし、
被害妄想も軽快したと思います。

夫は、
主治医から治療終了を告げられる前に、
もう私に治療は必要ないと感じていたとのこと。
夫がそう感じるのであれば、
その通りなのでしょう。

とてもおめでたいことのように思うのですが、
境界例を脱した!
私は母から逃げ切った!
そう、
思うのですが、
一方で物足りないのです。
なんだか胸の内がシンッとなった感じで、
ちょっと寂しい。
例えるなら祭りの後のようです。
賑やかなものが過ぎ去った静けさの中に一人浴衣姿で立ち尽くしている…。
私はそこを出なければならない、
祭りは終わったのだと認識しなければならないのですが、
なにかが私を引き止める。
早く祭りを背に現実世界へ戻らないと…、浴衣を脱がないと…、
さもないと、
わずかな隙を狙って悪魔はまた私に爆弾を落とすでしょう。
その起爆剤が母です。

境界例でいなくたって寂しさを紛らわすものはこの世界に沢山あるはずです。
だからきっと心配しなくていい。

この間、
夫に「私は強い?弱い?」
と問いを投げました。
私は今までのことから当然「弱い」という返事を予想していました。
夫が好きなのは「弱いボタン」だという意識からです。
しかし夫は、
「ボタンは強い」と返しました。

夫はこれからも変わらず私を愛してくれるでしょうか…。
一時は共依存的だった私たち夫婦です。
しかし、
それも私が境界例ゆえに夫を巻き込んでしまったと考えれば、
さほど問題はないように思うのです。

私はまだまだ母から逃げ続ける必要があります。
圧倒的な力から逃げ続ける必要があります。
境界例の連鎖を私は断ち切るつもりなのです。
家族のために。
その原動力は他でもない、
夫の愛であり夫を愛する私の愛です。

治療終了は、
夫の存在なくしては実現し得ないことでした。
私が心から感謝しているのは夫だけです。
主治医ではありません。
なにより、
夫の存在があって今の私がいます。










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被害者遺族と死刑賛成運動
2007-07-07 Sat 18:05
貴方は犯罪被害者ですか?
被害者の遺族で、家族を殺された方ですか?
犯罪被害者ないし遺族の苦しみは当人しか分かり得ません。
分かり得ない私たちが浅薄な知識でさも分かったような口を聞くことは愚かなことです。
マスディアに良いように利用されていることに気付いてください。
そういった意味では死刑賛成の人たちはマスメディアの被害者です。
問題なのは別の記事にも書きましたが被害者ないし遺族を救済する制度が日本にないことです。
なぜないのか?
作るには沢山のお金が要ります。
国は世論が厳罰化、死刑賛成、少年法廃止運動に活気になっているのをいいことに、そうした問題から逃げています。
死刑制度に対する世界的な流れをご存知ですか?
死刑制度残存国は世界的に見ても少ないのが現状です。
世界はすでに死刑廃止に向けて多くの国が動いています。
未だに日本に死刑制度が存在していることを日本人は恥じるべきです。
死刑賛成の貴方にお願いします。
死刑賛成運動に費やすエネルギーを被害者救済のための制度を作るのに使ってください。

以上死刑賛成の方からいただいたコメントに対しての私の返事です。
(全文が同じではありませんが)こちらにも載せました。

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少年法 虚偽の自白
2007-07-07 Sat 17:49
「少年法(以下修正)」の記事があまりに長くなってしまったので話題ごとにまとめようとおもいます。


この間の少年法改正で、
少年院送致になる年齢が
「おおむね12才以上」
と14歳以上から引き下げられた。
12歳といったら小学校6年生だ。
まだ人間的に未成熟で大人の助けを必要とする時期だ。
善悪の判断など満足にできないだろう。
そもそも善悪の判断が満足にできないということは、
自分の犯した罪が果たして悪いものなのかどうかの基準を持ち合わせていないということになる。
これは例えば統合失調症患者の犯罪に責任か問えるかどうかということにも似ている。
幻覚妄想状態で人を殺してしまった人に殺意を問うことができるだろうか。
いや、できない。
子どもの善悪の基準もそれに類するところがあると思う。

また、
「虚偽の自白」の危険性もある。
少年法改正により、
「虚偽の自白」の可能性は確実に高くなった。
そもそも今の警察の犯罪捜査は、
裏づけ強化よりも本人の自白に依存してしまっている。
そのことを考えると、
相手が子どもの場合、
警察の自白の強要により安易に自白をしてしまう可能性が高くなる。
しかし今回の改正では14才未満の触法少年に対して、
弁護士の立会いやビデオ録画を定めていない。
これでは警察官から無理矢理「僕がやりました」と言わされ、
そのまま少年院送致になりかねない。
私たちは年齢を引き下げたことにより、
冤罪を増やしてしまったといっても過言ではないのだ。

非情な大人たちの仕打ちによって、
虚偽の自白をさせられてしまった子どもは、
それがどんなに不当であっても、
声を上げることも選択肢を持つこともできない。
そんな彼らはその後どんな大人に成長するだろうか?
それこそ人を信じることのできない、
冷たい目をした、
凶悪な犯罪者を作り上げることになってしまうのではないか、
と私は危惧する。
私たちは愛の無い考えから、
そうした人間を育て上げようとしているのだ。
虚偽の自白はけして免れない。
人間は間違いを犯す生き物だ。
それを証拠に冤罪事件は存在している。

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死刑制度
2007-07-07 Sat 16:32
構図としてはこうでしょう。
「悪いやつは殺す」
とても簡単です。
小さな子どもでも理解できる。
そのため死刑を叫ぶ人には幼稚な人が多い。

多くの弁護士の方は死刑に反対されています。
法律を熟知し死刑制度に詳しい方たちは死刑に反対しているのです。
しかし専門家は真を知ることができるが、
法律は学ぶに難しくそのため多くの国民は真に触れることができません。

学ぶことが必要です。
安易な選択をするのではなく。
もしそれができないのであれば、
その無知を恥じて口を閉ざし専門家にゆだねるべきです。
十分ではありませんがその方がまだ正しい選択と言えるでしょう。

死刑賛成に熱を上げている若い方にお話します。
分かりやすくお話します。
「私たちの教科書」とかいうドラマがやっていましたね?
あの中で死刑賛成の方たちがどの位置づけになるか、
校長の息子です。

よく考えてみてください。



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死刑賛成や少年法廃止について
2007-07-07 Sat 01:40
死刑賛成や少年法廃止を叫ぶ人たちは、

死刑執行人の権利、
無期懲役、終身刑、死刑の違い、
世界的な死刑制度廃止の動き、

12歳の子どもの責任能力、
児童虐待、
親の離婚、介護、
コミュ二ティーの不足、
日本全体の道徳心の欠如、
警察官の自白の強要による虚偽の自白、

など諸々について調べたのだろうか?
調べに調べた上の言動だろうか?
そうとは思えない。
ただマスメディアに踊らされて、
感情論に走っているだけだ。
被害者救済の制度を作るなどといった面倒な問題から目を逸らしたい国や、
視聴率を上げることしか能のないマスメディアのいい鴨だ。

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「悲しみ」
2007-07-06 Fri 21:51
ゴッホの「悲しみ」を思い出している。
膝を抱え目を瞑る女。
その痩せた裸体。
膨らんだ腹。
垂れた胸。
長い足の指まで…
悲しみに暮れている。
その硬い肌を思い、
私は泣いた。

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メモ修正
2007-07-06 Fri 18:22
死刑と無期懲役(終身刑)、囚人にとってどちらが厳しい罰か。

光市の事件。
加害者の少年は犯行当時(18歳)の時点では、精神的に脆弱なところがあったと考えられる。
彼は現在26歳になり、ようやく、自らの口で真実を語り始めた。
18歳、犯行当時の記憶を、今懸命に辿っている。
彼の言動は弁護士が作ったものでも社会を馬鹿にしてのものでもない。
18歳の自分がどういうことを考えていたか、
思い出しているのだ。
彼の言葉は真実だろう。
そこには疑う余地が無い。
ようやく、自分を見詰めはじめた彼を、社会は罰しようというのか。
人間らしくなろうとしている彼を、それでも、あなたは殺したいのか。
殺したいというあなたに聞きたい。
それ程までに殺したいのなら、あなたは死刑執行人になるべきです。
彼の命を奪うボタンを、あなたは押すべきです。
それができないのなら、
あなたは死刑を叫んではならない。





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メモ
2007-07-05 Thu 19:22
被害者を救済する制度がない。
なぜか…
すごくお金がかかるから国が作ろうとしない。

厳罰化の傾向を政府がほっといている理由。
怒りの矛先が自分たちから離れるので政府には都合がいい。

少年法廃止運動が激化したとしても、
18歳未満の子どもが死刑になることはない。
世界が許さない。

死刑と無期懲役と被告にとってどちらが厳しい罰か。

光市の事件「ドラえもんどうのこうの…」は、
あまりに突飛で状況把握を欠いた言動であり、
弁護士が意図して発言させたものとは捉えがたい。
自分に不利な言動を発してしまう少年の人格、精神の歪みの高さは否定できず、
18歳の時点でその脆弱性は顕著であったと予想できる。


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(再)境界例
2007-07-03 Tue 22:29
このブログが、
陰険で、
ナルシスト的で、
操縦的で、
他者に不愉快な感情を起こさせるものであっても、
いち境界例患者の現状を知ってもらいたい。
また、
境界例的な要素をもっているのが若い人に多いということ、
つまり、
思春期から青年期にかけて多く発症しているということ。
それは、
リストカットや摂食障害、
処方箋薬の大量服薬による自殺未遂、
不登校やひきこもり、
覚せい剤や売春など、
多くは非社会的・反社会的なかたちで周囲の大人たちの前に露呈するということを知ってもらいたい。

私たちの叫びを「聞いて」ほしい。
私たちのことをもっと「見て」ほしい。
大人は「そんな暇はない」というかもしれない。

「放って置かないで」
言う事を聞かないから、
思い通りにならないからと、
大人に見捨てられる子どもたち。

境界例はいわば、
愛情に飢えたカラカラの蛇だ。
ときにはあまりの必死さに相手を絞め殺すかもしれない。

その人間臭さに、
ある人は眉をひそめて鼻を押さえるだろう。
(そういう人にはなにも期待しない)
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| ボタンのかけちがい |