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2007-08-28 Tue 20:20
「皇帝ペンギン」を見た。
学んだこと↓ ペンギンにフランス語を喋らしてはいけない。 |
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2007-08-25 Sat 16:56
昨日彼と東京ディズニーランドに行ってきました。
子供の頃に親に連れられて5回くらい行きましたが、 小さな私はあの現実離れした感じが苦手で、 行くと必ず不安になっていたような気がします。 着ぐるみにもそこまで興味を示さなかったし、 大人までもが我を忘れてキャーキャー浮かれているのが妙に恐ろしく思えていました。 ミッキーもミニーも自分とは繋がりのないモノで、 現実を忘れて夢の世界に陶酔できる得な人間だけが繋がることのできる物象のようなものだと思っていました。 大人になった後も東京ディズニーランドには数回行きましたが、 その感覚は変わらず私の中にありました。 そもそも子供の頃から遊園地を楽しめない損な自分でした。 ところが、 昨日は違いました。 はっきり、 私は我を忘れました。 夢の世界の住人になりきっていました。 「そうか、東京ディズニーランドとはこういうところだったのか!?」 他人を気にしない。 自分との繋がりは一緒に行った自分の家族とミッキーやミニーなどのディズニーキャラクターとキャラクターが住む世界だけ。 その他は無視していい。 無視すべきというか、 そのほうが楽しい。 そして、 「ディズニーキャラクターはみんな私を一番好きなはずだ」 という半確信的な妄想にとりつかれるに限ります。 自分の周りには自分の好きなものしかない世界。 世界が自分中心になる世界。 それが東京ディズニーランドなんだと。 楽しめた要因に、 大好きな家族と一緒だったこと。 子供の頃大嫌いだったドナルドダックを好きになっていたこと。 服薬がなかったこと。 そして、 ミッキーに抱き締められたこと! (自分は特別な人間なんじゃないかと思いました。子供は絶対ミッキーに抱き締められるべきです。子供が出来たらミッキーの家に行って自分の子供をミッキーに抱き締めてもらいます!) 東京ディズニーランドいいところですね。 また行きたい! |
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2007-08-20 Mon 20:12
「鉄コン筋クリート」を見た。
漫画は普段読まないので原作の存在は知らなかったのだが、 とてもいい映画だった。 アニメーションもストーリーもとてもよかった。 反社会的な少年を主人公にしている映画だが、 この映画の主人公はマイナスな感じがなかった。 複雑で重い題材を扱っているにもかかわらず、 見ていて不思議と爽快だった。 同じようなアニメーション映画を求めてレンタルビデオショップに行ってみたが、 残念ながら「鉄コン筋クリート」と同じ感じのものはなかった。 怪しい感じのものは無駄に沢山あった。 本当に無駄に。 |
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2007-08-20 Mon 19:23
小さな頃の私は、
絵で描くより美しい人はこの世に存在しないと思っていた。 絵だったら、 どこまでもどこまでも美しい人を生み出せる、 現実にいる美しい人も絵には到底かなわないと思っていた。 歳を重ねていくにつれ、 美しさの複雑性に気付いた。 美しいものは普遍ではないのかもしれない…? 美しい人の顔は一つではないのかもしれない…? 美しさは架空のものではなく現実が生み出した宝石であって、 絵では表現しきれないものなのかもしれない? 美しい人を見ると惚れ惚れする。 つい相手が人間であることを忘れ失礼ながらじっと見入ってしまう。 友達の顔、 高齢の婦人の顔、 働く男性の顔、 思春期の少女の顔、 幼児の顔、 少年の顔、 夢を語る人の顔、 美しい人に会うと嬉しい。 現実の美しい人に絵はかなわない。 私が絵を描かなくなった理由がわかった気がする。 自分で描く絵は現実の美しい人に勝てない。 私は小さな頃、 現実にないものの補充をするために絵を描いた。 その真の意味を知らずに大人たちは私の絵を褒めた。 私は絵を描く自分があまり好きになれなかった。 欲しいものを絵で補充しようとする、 欲求不満な自分が。 完全になれない自分が。 完全でない世界が。 また絵を描きたい。 もう大分下手になってしまったが。 「美しいものをとどめておきたい」 今はまだ自分勝手な動機のもとに。 |
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2007-08-11 Sat 19:04
丸善で、
「一等いい鉛筆を一本買ふ位の贅澤」 梶井基次郎と同じ高みにもう行けない。 偽者偽者ニセモノ… |
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2007-08-09 Thu 20:55
いくら食べても満たされない。
過食して過食して過食して、 もうお腹はパンパンなのに、 寂しい、虚しい、 足りない足りない足りない! 私の胃は底なしだ。 詰め込んでいるものが「食べ物」にならない限り、 私の胃が役割を止めない限り、 ずっとずっと底なしだ。 |
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2007-08-09 Thu 12:14
特別養護老人ホームのボランティアに行った。
そこで軽度の認知症のご婦人の付き添いを長時間行った。 私の対人援助のスタンスは「人間対人間」なので、 同じ話を何度も繰り返してしまう場合にもその度に新鮮さをもって対応ができるように心がけている。 その上で話に広がりや深みが持てるように支援する。 「聞いているフリ」はしない。 「聞く」のが前提だ。 認知症を患う人にとっては、 そのときそのときが「初めて話すこと」であって、 援助者が「それはさっき聞きました」的な事を言ったり態度をとってしまうとその人はとても不安になってしまう。 当たり前だが不安にさせることにメリットなど一つもない。 自分の現実ではなく、 認知症を患う人の現実が重要なのだ。 その不安や苦しさや寂しさをわかろうとする姿勢が大切である。 ご婦人は沢山の話をされて、 沢山微笑んで、 ときどき少し涙ぐんでおられた。 最後に「いい思い出になりました。ありがとう」とお言葉をいただいた。 問題行動には必ず原因があり、 表面的に問題を解決しようとしても意味がない。 「人間対人間」 コミュニケーションの手段は言語だけではない。 人は様々な方法で自分を伝えようとする。 乳児であれば泣くことで自分の要求を母親に伝えるだろう。 そうした非言語的コミュニケーションを見逃さない、 軽視しないことが対人援助には大事なことだろう。 |
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2007-08-03 Fri 23:11
夏休み前にお家で見た映画
アイアムサム レインマン ショーシャンクの空に 夏休みに入ってからお家で見た映画 ウォレスとグルミット/野菜畑で大ピンチ アルジャーノンに花束を さくらん ALWAYS三丁目の夕日 ジョゼと虎と魚たち リリイ・シュシュのすべて 「ショーシャンクの空に」が一番面白かった。 一人でお家にいるとどうしても過食をしてしまう。 「一人でお家」は危険だ。 だがら映画を見る。 過食衝動から逃れるために。 |
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2007-08-02 Thu 21:25
アルコール依存症を回復された方の体験談を聞かせていただく機会がありました。
私はその方に一つ質問をしたのですが、 その質問の内容を家に帰って夫に話したら非難されました。 なぜ私が非難される目に遭うのでしょうか? 本当に腹が立ちました。 嗜癖の苦しみを少しもわからないくせに。 なんでもかんでもわかったような口調です。 福祉の専門家でもないくせに。 私を教育している気にでもなっているのでしょうか? 何様のつもりだろう。 |
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2007-08-01 Wed 19:55
夏休みなんてなければいいのに…
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