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境界例者が背負うもの
2007-11-03 Sat 15:04
例えば境界例では一般的に境界例患者本人に批判が向く。
例えばアルコール依存症では一般的にアルコール依存症患者本人に批判が向く。
家族は本人に辟易していて、
迷惑がる。
治らないと腹を立てる。
しかし、
問題の核はその家族機能そのものにある。
子どもを境界例に育て上げる機能不全家族。
夫をアルコール依存症に仕立て上げる機能不全家族。
共依存。

主に境界例では、
母子密着が顕著で、
母親は子どもの個性や自立心を許さない。
子どもは母親の愛情の海で溺れかけているというのに、
母親はまったく気付こうとしない。
子どもを自分の身体の一部に取り込んでしまおうとする勢いだろう。
子どもは息が出来なくて今にも窒息してしまいそうなのに。

私は自覚の無い自分の母親が嫌いだ。
自覚を持とうとしない、
問題の責任をすべて子どもに押し付けた母親を許せない。
彼女は私がクリニックへの付き添いを頼んだときに拒否した。
行きたくないと言って拒否した。
摂食障害には家族面接は有効で、
家族への介入は治癒への一歩だ。
私は自分の母親は鬼だと思った。
子どもが苦しんでいるというのに、
助けを求めた手を振り払ったのだ。
きっとそのときからだろう。
私が母親への期待を諦め、
母親を捨てる道を歩き始めたのは。

私には母親はいない。
そして、
たぶん父親もいない。
私が受けた五年間のクリニック診療のうち、
父親がクリニックへ来たのはたったの1回だった。
クリニックの臨床心理士がひきこもり患者の家族向けに定期的に勉強会のようなものを開いていて、
私は主治医から再三に渡って家族に来てもらうよう言われていた。
それへの参加を促す用紙も家に何度も来ていた。
しかし、
父親は渋々1回行っただけだった。
そして家に帰ってこう吐き捨てた。
「カウンセラーっていうのは人格者気取りだな」
私は主治医に言った。
「この間一度だけ来てくれたときも泣いて頼んだんです。お願いだから来てって泣いてすがらないと来てくれません」
主治医は呆れていた。

「死んだら死んだで仕方ない」
これは父親が苦しんでいる私に吐いた言葉。

私は一生こういうものを背負って生きていく。



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